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― 光文社のいいところについて

  • さっそくですが、まずは、光文社のいいところを教えてください。
  • いいところは、数え上げればキリがないですよ。社員の人数が少ない、というところで、皆さんはもっと増やしてほしいと思っているかもしれませんが、290人弱という人数はいい規模感だと思っています。
    出版社は、世の中の流れに対して、次にどういうものを作り出そうかと考えるのがとても大事ですよね。大きな会社になればなるほどタイムラグが生じてくるから、素早く対応するには、そこそこいい人数だと思うんです。
  • 同期以外でも、若手社員同士交流がさかんですし、上の世代の方からもよく声をかけていただけます。
  • それも光文社の特徴ですね。全員の顔がわかる人数なんですよ。2カ月の研修期間で、新入社員は全部署をまわりますが、そこで、上長は新入社員の顔を全員覚えます。
    他部署との連携がうまくいくのも、全員の顔をわかっているからなんですね。顔と顔を見て、話をして、が原点なんです。

― 社会人4年目内田さんの仕事について

  • 内田さんは、広告部に配属されて今年で4年目ですが、仕事はどうですか?
  • 4年目を迎えて、甘えられる期間は終わったと思っています。最前線に立って、新しいことを提案していかないといけない年になったかなと。
  • もともと営業志望で入ったとのことだけど、入る前には想像できないこともたくさんあったでしょう。そもそも、広告という仕事は、外からではよくわからないから。
  • そうですね、ざっくりと、雑誌にお金をもたらす仕事くらいのイメージしか持っていませんでした。
    入社して、お金の流れや人との付き合い方、デジタルについてなど、細かい会社の仕組みがわかるようになりました。
    次にどの部署に配属されても、すべて活きていくことだと思うので、最初に広告部に配属になってよかったと思っています。
    いや、広告部をもう離れたいという意味ではないんですけど(笑)。
  • これまで『広告局』だったのが、『メディアビジネス局』という名前に変わり、クライアントから広告を取ってくるという仕事だけでなく、デジタルだ、メディアだ、ブランディングだ、と立体的だったり横断的だったりというビジネスになっています。ついていけてますか?
  • しがみついていこうと思っています。逆になんでもできるなと感じているんです。
    もちろん、編集部が作るコンテンツがあってこそなので、そこへの敬意は失わず。
    紙だけでなく、デジタルのほうでも、自分が考えたことが形にしやすい時代になっています。
    実際、まだそこまでできてはいませんが、それを形にしていけるのは楽しい時代になったと感じています。

― 社会人2年目濱野さんの仕事について

  • 濱野さんはVERY編集部に配属されていますよね。
    意図的ではなく、自然とそうなっているんだけど、VERY編集部は圧倒的に女性が多い。
    2年目、いまの職場環境はどうですか?
  • 1年目の、右も左もわからないときは、先輩方にとてもよくしていただきました。
    もちろん、仕事内容的に1年目であっても、自分で決断することを求められる仕事なので、手取り足取りというわけではなかったですが。
    でも、皆さんお忙しいなか、困っているときは相談に乗ってくれたり、行き詰まっているときは、こちらが何も言わなくても『大丈夫? なにか悩んでいる?』と声をかけてもらったり。
  • 1年目から仕事を任せられる、というのも光文社の特徴ですね。
    やりがいがある、という言葉では片づけられないかもしれない。
    ですが先輩たちからいろいろといいところを盗んで、プロとしていい誌面を作っていってほしいと思います。

― 光文社のビジョンについて

  • これから光文社をこうしていきたいというビジョンをお聞かせください。
  • デジタルへの対応が他社に比べて遅れてしまったとは感じています。
    デジタルの知識・スキルを持った人たちが少ない、というのは確かにある。
    デジタルファーストで育った人たちは、IT業界に行ってしまうので、光文社は今後もそういうスキルを持った人たちを、経験者を含めて積極的に採用していこうと思っています。
  • VERYでも、最近本格的にサイトをリニューアルしてSNSを開始しましたが、他誌に比べても、これからかなと感じます。
    SNSの更新を頑張っても、つけられた差を埋めるのはなかなか難しい。
    いちばん若手の私から、デジタルに関する知識をすぐにでも身につけていかなければと思っています。
  • いかにSNSをうまく使って、雑誌のコンテンツを拡散させていくか、というのが重要ですよね。
    光文社のコンテンツは他誌に引けを取らないと誇りを持っていますから。
    クリックひとつで世界と繋がってしまえるのが、今のトレンドで、それに触れざるを得ないし、やらざるを得ない。
  • 遅れていることを恥じることも僻むこともないんです。
    飲み込まれちゃいけないし、間に合わないと思わないでほしいですね。一点突破で先頭に追いつくことはいつでもできるんです。
    優秀な社員が多いから、私はできると思っています。
    うちの会社は『ブランド力』が強みです。例えば、濱野さんのいるVERYは素晴らしいブランド力を持っていますよね。
    このブランドのクオリティコントロールをきちんとしていかなければいけない。
    トレンドがこっちだからこっちへ行ってみよう、広告の要請で広告を入れなきゃいけないからあっちへ行っちゃおう、ということは日常的にあります。
    でも、ある範囲から逸脱せず、ここまでで収めるよ、と舵をとる人がいないとブランドコントロールはできません。
    編集部がそれを受け継いでいき、それを取り巻く部署もそれにならって守っていく、それがずっとできているのはとても嬉しいことです。
    もちろん、デジタルはデジタルで、便利なツールとして徹底して120%使わなければならないけれど。
    モバイルオンリーと言われているいま、紙の出版が全世界的に見直されているんですよ。きちんと企画を立てて、取材・編集・校正をして読者の手もとに届ける、ということが。
  • 先輩たちが作ってきたブランドを、いかに守り育てていくか、ということですね。
    それから、私たちが新しいブランドを作りながらどう育てていくか。

― 新卒採用に求めている人物像について

  • そんななかで、新しい人材として求めている人物像はどんなものがありますか?
  • 新しいことに積極的に挑戦する、好奇心旺盛でフットワークの軽い人がいいですね。
    雑誌も書籍も広告も、常に旬のものを追いかけている会社ですから、野次馬根性がある人のほうが向いていると思います。
    いろんなマーケットに興味を持ち、隣の席の人に興味を持ち、街歩きでもなんでも、積極的に興味を持つ人がいいですね。
    内田さんは、後輩はこんな人がいいというのはどうですか?
  • 意識の高いミーハーな人でしょうか。
    ミーハーって、一見悪い言葉に聞こえると思います。広く浅く、のような。全部肯定するわけではないですが、でも広くはないといろんなところに繋がっていかないですよね。
    いろんなところにアンテナを張っている、という意味で、必要かなと思います。
  • 濱野さんはどうですか?
  • まだそんなことを言えた立場ではないんですが…。
    素直に頑張る人と、面倒くさがらない人でしょうか。
    いま、なにかにつけて便利な社会だからこそ、面倒くさがる人が多い気がします。これは自分への戒めでもあるんですけど。
    この仕事は、そういう面倒くさいが立つよりも、『それ、面白そう!』とフットワーク軽くなんでもやる、なんでも知る、という子のほうが、自分も学ぶところが多いと思いますし、一緒に働いていて楽しいと思います。
  • いま、ネットから落としてレポートや卒論を書くような学生もいますよね。
    それよりも、興味を持ったことを自分から調べてみる、調べるために行ってみる、相手に会ってみる、これがすごく大事なことだと、入社して、より実感しています。
  • お二人も内定が決まったときに、光文社の創立者である茂木茂さんの『茂木茂と光文社』を読んだと思います。
    光文社の初めての雑誌・『光』が昭和20年に創刊されました。
    その一年後くらい、当時の加藤編集長が書いた編集後記に、「平たく言えば、人が多く出ている雑誌だ」という一行があるんです。
    古今東西あらゆる人たちのことを調べて、それを形にしていく。それを読んだことによって、その読者たちの人生の先に、“光”が見えてくるような雑誌にしたい。
    「寝転んで読んでいるうちに、温かく脳裏によみがえってくるような記事を書きたい」、それが平たく言えば、“人がたくさん出てくる雑誌だ”というくだりがあるんですが、これが、光文社の基盤になっているんです。
    編集長は「人に会いなさい」と言うでしょう?
  • はい、そうですね。
  • なにしろ、“人に会え”。それから、自分のなかに結論を持って会うな、先入観を持って会うな。その人の話を徹底して聞きなさい、ということを多分言われているでしょう。
    どの雑誌の編集長も、言い方は違うだろうけど、結局同じことを言っています。
    これが72年、創立から続いている光文社の遺伝子です。受け継がれ続けているDNA、想いですよね。
    もちろん、編集だけでなく、営業だって一緒。
    内田さんのメディアビジネス局の広告の仕事だって一緒です。
    クライアントが何を求めているのか、会って話して理解して、初めて仕事が成り立つんです。
    ここに同席している広報も総務も、私も一緒。こうやって、あなたたちのような若い人と会って話すのも、社長として大事な仕事です。

― 2017年6月に立ち上げた新雑誌『bis』に対する想いについて

  • デジタルへの対応というお話が出ましたが、このタイミングで『bis』を立ち上げたというところにどういう想いがありますか?
  • 奇しくも紙媒体は休刊が続いていますよね?
  • 『bis』は、雑誌のテイストとしては、明らかにこれまでの光文社のものとは違います。
    だから、作り方も変えてみようと、ある種、実験的な意味合いも込めています。
    光文社は、『JJ』から『HERS』にかけての大きな幹があります。
    コンサバでありベーシック。ブレないそのブランド、雑誌群が光文社の大きな幹となっているのです。
    いまはそれが通用しているけれど、社会のベーシックの基準ががらっと変わってしまうことだってありますよね。そうしたら、同じテイストでやっている幹がすべて細くなってしまいます。
    いま、会社が安定しているときに、新たな柱を建てておくのが大事なことではないかと思います。
    『女性自身』全盛のころに『JJ』ができました。
    最初は全然売れなくて、メディアとしての価値がないと、広告も入らない時代が長くありました。
    当時は『女性自身』だけで会社が回っていたけれど、でもそういうときにこそ、新しい柱を建てておかないと。種をまいて水をやって育てて、そして、『JJ』から『CLASSY.』ができました。
    そうやって光文社は新しい種をたくさん育ててきたんです。
    もちろん失敗したものもたくさんあるけれど、『VERY』も『Mart』もできました。
    『Mart』は『STORY』と近い時期に創刊だったんですね。かたや光文社の系譜を受け継いだ新雑誌で、会社中がこちらにかかりきりでした。
    そのなかで、大給編集長が「こういうものをやってみたい」と言い出してくれて、「よし、やろう!」と。新しい幹はどんどん育てていかなければならないし、どうせ新しいものをやるなら徹底的に変えてみようという結果、『Mart』は大きな幹になってくれました。
    だから、『bis』もそのうちのひとつなんです。
    光文社が持っているノウハウじゃないやり方で実験してみようとはじめた新しい種です。
    もしかしたら、この後、『bis』から派生して、また新しい雑誌が生まれるかもしれません。

― 2020年にむけての光文社について

  • 2020年オリンピックの年、いろいろなことが変わると言われていますが、そのときの光文社をどうしていきたいですか?
  • 何が変わるのか、本当のところわからないですよね。
    光文社はオリンピックの後も継続・発展していかなければなりません。
    今後、社会の変化の速度は増し、振り幅も大きくなっていくことは間違いないでしょうし、景気の好不況も変わってくるでしょう。
    そうした中、社会の変化に素早くフレキシブルに対応できる組織作りを続けていきたいですね。
    私たちがファイナンスや経営をきちんとして、会社の基盤を支えるから、若い人たちにはどんどん新しいことに挑戦していってほしいと思います。
    小さな種から大きな柱となった『JJ』や『Mart』しかり、いま育てはじめた『bis』しかり。
    若い人たちが、次に光文社の大きな幹を作るために、気兼ねなくチャレンジできる土壌、基盤を持ち続けられるよう頑張るのが、私たち経営の仕事だと思っています。