十六方美人で才能と才能の触媒に。
原点は友達を取材した少年時代

42年間の光文社人生で、多くの才能のぶつかり合いを経験してきました。才能と才能の触媒となるには八方美人でもまだ足りない。究極は十六方です。その原点は小学生時代。友達から面白い話を聞き出すのが好きで、例えばプラモ好きなら「〇〇を買うんだけど、どう思う?」と聞くと生き生きと話してくれる。次は誰に何を聞こうかいつもキョロキョロしていました。この性格に加え、いつも心がけているのは笑顔。瀬戸内寂聴先生曰く、美しいものを見た時に幸せに感じる「眼福(がんぷく)」は、笑顔を見た時も同じだそうです。

38歳のとき、瀬戸内寂聴先生とデヴィ夫人の対談で(写真左端)。「人間関係に大切なのは想像力と観察力」などさまざまなことを学びました。

38歳のとき、瀬戸内寂聴先生とデヴィ夫人の対談で(写真左端)。「人間関係に大切なのは想像力と観察力」などさまざまなことを学びました。

雅子さまの大スクープは
3人の記者の才能から生まれた

才能のぶつかり合いでとくに思い出深いのは、『女性自身』で皇室のスクープを狙ったときのこと。デスクを任命された私は、非常に博識なベテラン皇室記者のほかに、京都の人脈に強い記者と調査取材がすごく上手い記者を班に加えました。すると3人がそれぞれライバル心を燃やし合うんです。クセの強い記者たちをなだめすかして取材を進めていくうち、どう考えても当時の皇太子殿下のお妃となる方は雅子さましかいない、という結論に至りました。年末の3号連続で独走スクープを打った後に、この記事が原因かわかりませんが翌年報道協定が結ばれ、それから11カ月後にご婚約発表となりました。


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1 1991年末から1992年頭にかけての雅子さまの独走スクープは第1弾から大反響。
2 自前のPCに取材内容を入力して独自にデータベース化し、分析した結果この記事に。
3 第3弾では宮内庁による報道協定が予定されている動きも報じ、さらに核心へ。

多くの才能に触れたのは
私の精神の栄養剤です

26歳から47歳まで所属していた『女性自身』編集部で、歌手や映画スター、芸人や作家など、多くの才能ある人たちにお会いしたのは私の精神の栄養剤です。でも、取材で人気芸人さんに名刺を渡したら「あ、そう」と一瞥してクシャクシャと丸めて捨てられたこともあるし、芸能事務所の方には何度も怒鳴られました。それでもなんとか売り物になる記事を作ってくることができたのは十六方美人のおかげでしょうか(笑)。相手側とはいつも密接なコミュニケーションをとっていたおかげで、クレームやトラブルのときも大事にならずにすんだということもありました。

芸能班時代、松田聖子さん主演の映画の記者会見にて(写真右端)。『女性自身』では最初に対談担当だったので、スターを見てもビビらなくなりました。

芸能班時代、松田聖子さん主演の映画の記者会見にて(写真右端)。『女性自身』では最初に対談担当だったので、スターを見てもビビらなくなりました。

自ら動けば仕事は楽しい。
一緒に新しい奇跡を作ろう

これからの時代を創るみなさんに期待するのは自律心です。例えば書類をめくりやすくするためクリップ留めの位置を変えるという小さなことでも、目標を積み重ねていけば仕事は面白くなります。「面白いものを作りたい」という社員が集まっている光文社は、年齢に関係なく誰かの秘めていたアイデアからヒットが生まれる文化があります。目先のルーティンにとらわれるばかりでなく自分の仕事を俯瞰すると、チャレンジすることは自然に見えてくるはずです。十六方美人が無理なら笑顔と誠実さだけでもいい。自由闊達に才能をぶつけ合い、一緒に新しい奇跡を生み出しましょう。

常務取締役時代の2015年10月1日、光文社創立70周年の記念祝賀会にて。「面白いものを作りたい」という意欲あふれる社員一同。

常務取締役時代の2015年10月1日、光文社創立70周年の記念祝賀会にて。「面白いものを作りたい」という意欲あふれる社員一同。